# N-010 介入前の相場は荒れていたか — 6エピソードの実測(骨子・draft-0) 為替介入研究所 | draft-0: 2026-09-11 起草 | **状態: 骨子(未凍結・未公開)** 関連: WP-001(反応関数の二層構造)、METHOD v1.1(エピソード境界) > **本稿は事前登録を伴わない遡及的な測定である。** 指標の定義も窓幅も、データを見たあとに選んでいる。 > したがって本稿の結論は探索的な観測であり、当所の凍結された検証(PR-001〜005)とは性格が異なる。 > この点を先に明示する(第19条・第58条)。 --- ## 一 問い 為替介入の公式な説明には、決まった言い回しがある。「過度な変動」「無秩序な動き」への対応である、というものだ。G7・G20の合意文書にも同趣旨の表現が置かれ、日本の当局者も繰り返し用いてきた。 この説明は広く受け入れられており、介入を論じる文章のほとんどが前提として扱う。しかし当所は、これを**検証すべき命題**として扱う。すなわち——**介入の前、相場は実際に荒れていたのか。** ## 二 測り方 当所の正本であるOANDA日足終値(2002年5月から2026年8月まで6,301本)を用い、各エピソードの初回執行日の**前営業日**時点で、直前の一定期間の値動きがどれほど荒かったかを測る。 荒さの指標は3つを併用する。第一に終値から計算する実現ボラティリティ(対数収益率の標準偏差・年率換算)。第二にParkinson推定量(日中の高安レンジを用いるもの)。第三に日中レンジを終値で割った比率の平均である。窓幅も20・30・60営業日の3通りを取る。**単一の定義に依存した結論を避けるためである。** 各指標について、その値が**全期間の分布のどこに位置するか**をパーセンタイルで示す。50が中央値、0に近いほど静か、100に近いほど荒い。 対象は当所が同定した6エピソード。E1(2022年9月22日)、E2(2022年10月21日)、E3(2024年4月29日)、E4(2024年7月11日)、E5(2026年5月1日)、E6(2026年7月30日)である。 ## 三 結果 60営業日窓で測ると、介入直前のボラティリティのパーセンタイルは、E1が78、E2が72、E3が12、E4が50、E5が29、**E6が0**であった。日中レンジ率でも同様の並びとなり、E1が78、E2が79、E3が21、E4が44、E5が35、E6が6である。 窓幅を20営業日・30営業日に変えても、Parkinson推定量に替えても、この順序はほとんど動かない。**E1とE2が高く、E3以降が低いという構造は、9通りの測り方すべてで保たれる。** とりわけE6が際立つ。直前60営業日の実現ボラティリティは年率**3.65%**であり、これは2002年以降の**6,241観測中で下から26番目**にあたる。分布の**上位0.4%に入る静けさ**である。全期間の中央値は8.66%、最小値は3.46%であるから、E6直前は観測史上の最小値にほとんど接していた。 ## 四 二つの時期に分かれる 結果は一様ではない。**2022年の2回と、2024年以降の4回で、性格が異なる。** E1とE2の直前は、実際に荒れていた。ボラティリティも日中レンジも分布の上位にあり、「無秩序な動き」という説明は実測と整合する。 一方、E3からE6の直前は静かであった。とりわけE3(12パーセンタイル)とE6(0パーセンタイル)は、24年の分布の底に近い。**これらについて「無秩序な動きへの対応」という説明は、実測と整合しない。** ## 五 静かだったが、動いてはいた ここで重要なのは、静けさと方向性が別物だということである。 同じ60営業日窓で、始点から終点への累積変化率を測ると、E1が+5.21%(77パーセンタイル)、E2が+11.66%(97)、E3が+4.89%(75)、E4が+4.48%(71)、E5が+2.17%(41)、**E6が+4.80%(74)**であった。 **E6の直前は、ボラティリティが分布の底(0パーセンタイル)にありながら、累積上昇は74パーセンタイルにあった。** すなわち、日々の振れは歴史的に小さいまま、円安が着実に進んでいた。E3も同様の組み合わせである(ボラ12/ドリフト75)。 **荒れてはいないが、一方向に動いていた。** これが近年の介入直前に共通する状態である。 ## 五の二 時代のせいではない この観測に対しては、当然の反論がありうる。**近年の為替相場は全体として低ボラティリティ化しているのではないか。** もしそうなら、介入直前のパーセンタイルの低さは介入固有の特徴ではなく、単に時代の性格を映しているにすぎない。 これを確かめるため、比較の基準を全期間から**各エピソードの前後1年間**に取り替えて測り直した。同じ時代の相場と比べてなお静かであったかを見るためである。 結果は次のとおりである。E1は78から79へ、E2は72から69へと、ほとんど変わらない。一方、**E3は12から0へ、E4は50から28へ、E5は29から14へと、いずれも低下した。** E6は0のまま変わらない。 **すなわち、基準を同時代に取り替えると、近年の4回はむしろ静けさが際立つ。** 低ボラティリティ化による見かけの効果ではない。E3とE6については、前後1年の分布の**最下位**に位置する。 ## 六 含意 この観測は、当所がWP-001で立てた**反応関数の二層構造**という仮説と整合する。同仮説は、介入の発動条件を週から月の単位で積み上がる要因に求め、執行条件を分から時間の単位の判断と区別するものであった。**日々の変動幅は発動条件ではない**という本稿の観測は、その第一層の性格を裏づける方向に働く。 同時に、公式説明の文言が持つ含意も検討に値する。**当局が乱高下のみを問題とするなら、秩序だった一方向の動きは対象外という理解が成り立つ。** それは低ボラティリティと一方向のドリフトを前提とする取引にとって、有利な環境の記述でもある。E6直前の状態——観測史上の底に近いボラティリティと、分布の上位にある累積上昇——は、まさにその環境に該当する。 ただし本稿は、当局の意図も、公式説明と実際の判断基準の関係も、判定しない。観測されたのは**介入前の相場状態の分布上の位置**のみである。 ## 七 本稿が主張しないこと - 介入の発動条件を同定したものではない。当所は依然として水準トリガーも変動幅トリガーも同定していない - 公式説明が虚偽である、あるいは当局が別の基準で動いているという主張ではない。**「無秩序な動き」という語が何を指すかは当局の定義に属し、当所は日々の変動幅という一つの解釈を測ったにすぎない** - 将来の介入を予測するものではない(第42・43条) ## 八 限界 第一に、**本稿は事前登録を伴わない**。指標も窓幅もデータを見たあとに選んでおり、探索的な観測にとどまる。 第二に、エピソードの初回執行日の同定は当所のMETHOD v1.1に依存する。日次内訳が未公表の期間については推定を含む。 第三に、比較対象を全期間としたことによる時代効果の懸念は、五の二で前後1年間を基準に取り替えて検討した。**結果はむしろ逆で、同時代比較では近年の静けさがより際立つ。** ただし前後1年という窓幅そのものも事後的な選択である。 第四に、OANDA日足終値は当所の正本ではあるが、当局の判断が参照する系列とは限らない。 ## 九 次の作業 1. 指標と窓幅を事前に固定し、次のエピソードに対する**事前登録**として凍結するか検討する 2. E1・E2とE3以降を分ける要因の検討(当所は2022年と2024年以降で当局の対応が変わったかを判定していない) 3. 所長承認を経てdraft-1へ ## 版履歴 - draft-0(2026-09-11): 骨子。遡及的測定であることを明示。同時代比較(五の二)を追加し、時代効果による説明を排除。